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仏ほっとけ (1/31)

大阪のお西のご住職さんが、最近では親の法事も一周忌か三回忌までで終わってしまう家も多いと新聞に書いておかれました。「つながり」の欠如に一因があるというようなことも書いておかれたように思います。一週間ほど前の毎日新聞です。

「つながり」の欠如が原因であるという論調だったのか、一周忌か三回忌で終わってしまうことが「つながり」の欠如であるという論調だったのか、今は覚えていないくらいの読み方しかしていません。

そういう考え方をなさることに異論はありません。そもそもしっかりと記事を読んでいないのですから、反論があるとしてもしようがありません。

親の法要も一周忌か三回忌までという事実を知らされて、今になってうちの門徒さんのなかのあるお宅のことを思い出して、この文章を書いているわけで、その門徒さんの家では法要をなさったことがありません。

父親と実の母親と継母にあたる方の年回があたるとお知らせするのですが、中陰の法要はお勤めなさいましたが、年回法要はまったくお勤めなさっていません。私の知らないお父さんの代以前もそうだったようです。

「神かまうな、仏ほっとけと親父も言っていた」とおっしゃいます。「仏」ということを特別な意味に限定するなら、それはそれで筋は通っているかなとも思うわけです。

けれども、お内仏の報恩講だけでもお勤めいただきたいのですが、それだけはお勤めしましょうよと何度言っても案内はありません。「仏」の特別でない意味やお念仏のいわれなど、私なりのお話は中陰のお勤めでしたのですが、今となってはお話しする機会もありません。