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阿弥陀さま-2 (1/12)

では、私はどういうふうにして生まれてきたのでしょうか。たとえとして「血縁」ということを言いましたが、この「血縁」という言葉にある「縁」という一字、普段耳にすることが多い言葉で「縁談」などという言葉がありますが、その「縁」、ご縁に因って私は生まれてきたのです。

言い直しますと、私が生まれたのではなくて、ご縁によって生まれたのが私であったということになります。ですから、本当のところは私が生まれたというのは正確な言い方ではなくて、ご縁に因って命をいただいて私がいるというのが正確なのです。

ついでに言いますと、私が生きているというよりも、私はご縁によって生かされていると言う方が正確なのです。自分の食べたり着たりする物くらい自分の力で働いてお給料を貰って買っているとおっしゃるかも知れませんが、お金をいくら出してもお米一粒、原油の1ミリリットルも創ることはできません。

さて、そのご縁ということに関してですが、何によって私はご縁をいただいているのかということが気になるかと思うのですが、私にあらゆるご縁をくださる方を阿弥陀さまというのです。

これは、今はそうは思えないとおっしゃる方もおられるでしょうから、仮にということでも結構ですが、阿弥陀さまが私やあなたやあらゆる人に、人に限らずあらゆるいのちあるものにご縁を恵んで下さっているのです。

何処か遠い所にいらっしゃる仏さま、私とはほとんど無関係の偉い方と思っていた阿弥陀さま、実は私にとってこれほど身近な仏さまはいらっしゃらないのです。考え方によっては父親や母親よりも身近なのが阿弥陀さまという仏さまであるのです。