表紙

     

resources

rss1  rss2  atom03

師 (1/8)

親鸞聖人は、自分には弟子が一人もいないとおっしゃったようで、その意味は歎異抄を読めばかいてありますが、今は普通に考えてみようかと思います。

師匠というか師というか、誰かにその資格とでもいうべきものを認めてもらって、お墨付きでもいただくようなものではないでしょう。何かの団体組織に認可してもらって、師になって弟子をもってよろしいとお許しをいただくものでもありません。

一方的に私は師匠だと、何処かの誰かの師匠は私なんだと自分からいう人もあるようですが、多くの場合はその何処かの誰かにとっては迷惑であるのではないかと思います。

密かに私はどこそこのあの方を師と思っている、たとえ一度も一対一で出遇ったことがなくても、大勢の中でお話を聞いたり、本を読んだりして感銘を受け、この人のおっしゃることを自分が生活していくうえでの指針としていこうと、そういうことを思っている人もいらっしゃるでしょう。

この時代に限らないのかも知れませんが、個人的一方的にでも師とする人がいない、そもそもそういう人が必要だと感じないようになっているのではないかと思います。そしてそれは、実はとてもあやうい状況なのではないかと思います。