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楽 (12/21)

楽に三種あり。
一つには外楽、謂わく五識所生の楽なり。
二つには内楽、謂わく初禅・二禅・三禅の意識所生の楽なり。
三つには法楽五角(かく)の反(かえし) 楽(らく)魯(ろ)各の反、 謂わく智慧所生の楽なり。
この智慧所生の楽は、仏の功徳を愛するより起これり。これは遠離我心と、遠離無安衆生心と、遠離自供養心と、この三種の心、清浄に増進して、略して妙楽勝真心とす。妙の言はそれ好なり。この楽は仏を縁じて生ずるをもってのゆえに。勝の言は三界の中の楽に勝出せり。真の言は虚偽ならず、顛倒せざるなり。
(真宗聖典295ページ。改行は管理人による)

外楽というのは人間の五識が受けることによって生ずる楽である、と。眼・耳・鼻・口・身に感じる色・声・香・味・触が生み出す楽であり、つまり私たちが普通に使っている楽ということになるのでしょう。

内楽というのは人間の意識に生まれる喜びの感情、精神的な楽である、と。禅定ということによって初禅・二禅・三禅と段階的に受けるところの楽が変わっていき、言葉、思考を離れて受ける楽ということです。座禅の実践も知識もないので具体的に譬えを示すこともできません。

法楽楽というのは仏陀の智慧=悟りを得るところに受ける楽しみである、と。なるほどお釈迦さまは悟りを得た後、一週間ご自分の悟った法を楽しまれたようです。というか、これは話が逆で、法楽という言葉がお釈迦さまは悟りを得た後、一週間ご自分の悟った法を楽しまれたことから成り立っているのでしょう。

楽といっても様々にあるわけで、極楽の楽がただちに法楽楽の楽であるのかどうかは、私はいまだに知らないのですが、「この楽は仏を縁じて生ずるをもってのゆえに。勝の言は三界の中の楽に勝出せり」とありますから、やはり極楽の楽は法楽楽と考えてよいかと思います。