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「説明」 (12/20)

最近特にであるのか、最近に限らないのかは分からないのですが、浄土といい、極楽とはいわない事が多いように思います。私も意識して阿弥陀さまのお浄土といっています。

今さら書くことでもないのでしょうが、浄土というのは固有名詞ではなく、東方妙喜世界、東方浄瑠璃世界などがあるなかに西方極楽世界があるわけです。

私が意識して極楽といわずに阿弥陀さまのお浄土というのは、極楽が阿弥陀さまのお浄土だということをご存じでない方もおられるだろうということ、加えて、「楽の極み」ということからまったく別の意味に受けとめる方もいるだろうということからです。

政治家の方や著名な方などが「他力」や「他力本願」ということを本来の意味でないけれども辞書にはすでに掲載のある意味で使われることがあって、特に本派の方が抗議なさることが多いと思っています。もっともなことだと考えます。

他力ということもそうですが、極楽ということを、せめてその言葉の意味を「宣伝」することは、この時代社会に必要なことではないかと思います。

本来は誤用であった言葉が誤用でなくなってしまっているからこそ、仏教語としての「極楽」を説明する必要があるのではないでしょうか。パラダイスのような楽しい所、何も心配することのない所だというような解釈とはまるで異なる本来の意味を知っていただくのは意義のあることではないかと思います。

で、そんなことを言うなら、私が「説明」すればよいのでしょうが、なかなかできないですね。言葉の意味でない極楽、阿弥陀さまのお浄土。これを説き明かすには、やはり言葉を使わないといけないわけで、また、私などがする「説明」は説明にすぎないわけです。