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淳心・一心・相続心 (12/13)

正法・像法・末法・法滅などということが説かれてある経があり、これを多くの浄土教の祖師方が引用しておられるとのことです。

本当のところで、親鸞聖人がこの「三時」というようなことを真受けにしておられたかどうかは疑わしいところだとお聞きしています。

しかしながら、ともかく、道綽禅師は自分の生まれた時代が末法の世であるということを強く意識なさっていたようで、確かに仏の教えであると同時に仏になる教えであるにもかかわらず、仏となり得ない、証を得ることができないということは最も悲しむべきことです。

そういう時期・時代にあって、だからこそただ浄土の教えこそが通入すべき道であるということであり、そもそも阿弥陀さまはすくわれる手だてというものがまったくない者をこそすくわずにはおかないというご本願の仏であり、本願のお念仏を回向してくださっているのです。

道綽禅師は自力のこころをひるがえして、淳心・一心・相続心によって阿弥陀さまの本願念仏に帰すべきであると教え導いてくださったのでした。

なお、tomo-netの「正信偈の教え」のこの部分の最下部一段落中には「非引」とありますが、あきらかに誤植が放置されているだけのことでしょう。