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「書」の題材 (12/9)

ご本尊である「南無阿弥陀仏」を「書」として書くことは、どうなんでしょう。

堅く考えるなとおっしゃる方もありますが、やはりこれは私には考えなければならないことです。ちなみに、私の場合、入棺尊号以外に六字名号を書いたことは一度だけです。その一度というのは、お内仏のないお宅での中陰勤行で、三折本尊を置かれるまでのご本尊として書いたものです。

むやみに書くものではない、少なくとも「書」の題材(というのでしょうか?)ではないと考えますが、どうなんでしょう。

で、こういうことをここに書きますのは例の『新聞』記事を読んでのことで、書くまいと思っていたのですが、書いてしまっているのです。特にその教区のその組の行事に文句が言いたいのではなく、ただ単にどうなんだろうと疑問に思うからです。

ちなみに、文句を言うということなら、私の知る限りで少なくとも十数年以上にわたって同じ人が書いているあの欄の文章、12月号は特にひどい。今までも何度もひどい内容がありましたが、今月は特にひどいと思います。

ついでに言うことでもないのでしょうが、住職修習というのですか、教師修練を済まさなければ受けられないと思うのですが、住職修習を終えて住職になった方の中に「巡讃」をご存じでない方が居られます。

人を評価して裁いている云々と書いておられる文章があり、その文章には何も申し上げることはありませんが、教師修練や住職修習ということのあり方は、今のままでよいとも思えません。