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迎合 (12/4)

「愛」という言葉は、何かしらことさらに美化されたようになっていると思いますが、一般的に思うような意味のものではありません。おおざっぱに言えば、ギャップというか、欠けたところを埋めるもの・ことが愛です。

言うまでもなく人間は本質的に不完全であり、不完全であることに気づいていようがいようまいが、欠けたところを埋めようとします。決してそれ自体が美しいことでもなく、美しくないことでもありません。

言葉やそれによって成り立つ理論には、どこかしら本質からはずれたところへ持っていって落ち着かせようとする、そういう作用があるように思います。人間の都合に合わせようとする作用と言った方がよいかも知れません。

あるいは、本来醜くもないもの・ことを醜いもの・こととしてしまう人間の習い性が、欲であるものを愛と言わせるのかもしれません。不完全なる人間の不完全であるが故の習性なのでしょうか。

たとえば家族であるとか、友人であるとか、あるいは見知らぬ人であるとか、人と人とのつながりを大切にしようということは分かります。つながりを生きるなどという文言は、そこここで耳に聞き、眼にします。それが仏の教えであるかと言えば、そうではありません。

人間の不完全であるが故の習性によって、あらゆる不完全なる人間をすくいとろうという仏の教えを、その本質からはずれたところへ落ち着かせようとするのは、人間を主として、主たる人間に迎合するに他なりません。

時代社会の要請に応じることにもならず、ただいたずらに仏の教えを貶めるだけのことです。