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聖道難証 (11/13)

道綽決聖道難証  唯明浄土可通入
万善自力貶勤修  円満徳号勧専称

同朋新聞の、平成19年2の古田先生の「正信偈」を読むまで道綽禅師は禅宗の僧侶であったと思っていました。さらにお恥ずかしいことに、かなり前のお講さんで、禅宗のお坊さんがもっぱらお念仏しなさいと勧めておられるとお話した覚えがあります。

教理の研究に特徴を発揮した人を「法師」、戒律に特に厳格で、精通した人を「律師」、座禅などの実践修行を特徴とした人を「禅師」といっていたというのはまったく知らないことで、教学研究所編の「正信偈」にはありませんから、昭和54年以降の研究成果ということでしょうか。

今にして考えてみれば、禅宗の僧侶が「円満徳号勧専称」というのはおかしなことです。中国の仏教というのはまったくなじみがないのですが、どのような状況になっていたんでしょうか。座禅という行はすでにあったけれど、禅宗としては成立していなかったということでしょうか。

お釈迦さまの入滅後、根本分裂を経て、20を超える部派の仏教と大乗仏教という二つの大きな流れができていきました。そういう流れの中で、インドから他地域へ様々な経路で経典が伝わり、中国では教相判釈ということが行われます。

今日では大乗仏典はお釈迦さまの直説ではないことが「いわゆる常識」になっていますが、パーリ文やサンスクリットの原典とされるものも実際には翻訳であるらしく、何が仏説であるか、何がお釈迦さまの直説であるかは特定できないようです。そもそもお釈迦さまの入滅の年でさえ定説はありません。

お釈迦さまの直説であるかそうでないかにこだわることは、曾我先生が「真宗の眼目」のなかで批判しておられることであり、また、直説を特定できないかぎり、まずはこの私がすくわれるか否かをもって、いただける教えとそうでない教えを判断する以外にないのではないかと思います。

そういう意味で、この道綽禅師の業績は大切な意義を持つことになってきます。聖道の証し難きことを決し、ただ浄土の通入すべきことを明かす。教・行があっても証がないのですから、極めて当然のことであると思えるのですが、ではそれが自分で分かるかと言われれば、やはり分からないのだと思います。

仏の教えとして伝わっているものすべてを道綽禅師は聖道門と浄土門におさめられました。そのうえで、聖道の証し難きことを決し、お念仏もうすことの他にすくわれる道がないと教え示して下さったのでした。

ちなみに、善導大師はこの道綽禅師80歳の時の弟子であったようです。