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犬が吠える-5 (11/12)

「仏教は『無我(非我とも言う)』を説きますので、自分の魂なるものが永続的に残っていくという考え方はしません。なぜなら、それは差別につながる可能性があるからです。」

[おそらく適当だと思う解釈−−−−−−−−−−
無我を説く仏教では魂が永続的に残るとは考えない。仏教でない考え方で、魂が永続的に残ると考えると差別につながる可能性がある。
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おっしゃりたいのは、こういうことなのでしょうか。書かれていない下線部を行間に読むなら、分かります。


[わざと歪曲した解釈−−−−−−−−−−−−−
お釈迦さまは、その在世当時にすでにあったヒンズー社会の差別的な人種制度を否定するために、その人種制度を助長し温存する我(アートマン)の存在を否定し、縁起を説かれた。
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四苦のうちの「生」を「生まれ」と捉える考え方、つまりどのようなカーストに生まれるかによって様々な差別をし、差別を受けなければならない、そのことを苦とする考え方もあるようで、「生苦」の理解の仕方として、それはそれでうなずける一面もあるのです。

しかし、もし、私がひっかかる部分を上に書いたように私が勝手に歪曲して解釈した(それを敷衍もした)ところにあるものが仏教なら、仏教成立と並行して人種差別制度も存在していたのですから、そもそもお釈迦さまは成道しておられなかったことになり、したがって仏教は興っていなかったということになります。

[あり得ない解釈−−−−−−−−−−−−−−−
差別につながる可能性があるから、仏教では無我を説く。

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何をかいわんやという類のものです。しかし、現にこういうことを言う方もあるのです。

ヒンズー社会から仏教が消えた理由と共通するものがここにあると考えています。イスラム教徒が仏教文化を壊滅させたから仏教が衰え、消えたに等しい状態になったのではありません。

教えというものは外部の弾圧などには強い。衰弱し、滅びるのは常に内部からであり、今の日本社会に一般的な仏教は滅び行く(=非仏教化する)道を加速度的に突き進んでいるように見えて仕方ありません。



このところ数日にわたって犬が吠えました。所詮は犬が吠えているのであって、そもそも自分の確認のための文章ですから、何処のどなたのサイトから拾った文章かなどということは書きません。(ちなみに、抜き書きした文章を掲載なさっている方には挨拶申し上げ、このサイトのアドレスを示し、ご批判いただくようお願いしました)。

静かに南無できればいいのですが、犬は吠えるものです。特にご主人様に連れられた散歩の途中に理解できない文章に出くわしたりすると。

さて、ところで、私のご主人様は煩悩なのか、お念仏なのかと、ふと考えてしまいます。