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犬が吠える-1 (11/8)

夜中に犬が吠えると、胸騒ぎがします。ここらが田舎であるせいもあるのでしょうけれど、急病人がでたか、不審者が徘徊しているか、それくらいしか犬が夜中に吠える理由を思いつきません。

犬を飼っている家は多いのですが、昼間でもあまり犬の鳴き声は聞こえません。吠えるのを聞くのは、ご主人と散歩の途中に見知らぬ犬に出会った時くらいでしょうか。

私は犬ではありませんが、ここに書いていることの多くはだいたいが犬が吠えているのと同じことです。考えてみれば「犬のように吠える」のは人間だけですね、犬が吠えるのは「犬のように吠える」のではないですから。

さて、吠えます。

お釈迦さまは悟りをひらかれた。その思想的な内容を後の人が「縁起の理法」というように言い表した、そうお聞きしました。具体的にお釈迦さまがおっしゃったのは
かれあるときこれあり かれなきときこれなし
これあるときかれなし これなきときかれなし
というようなことだったようです。

「かれ」と「これ」同じ単語で、ですから
かれあるときかれあり これあるときこれあり
かれなきときかれなし これなきときこれなし
とも訳せるようです。

いずれにしてもお釈迦さま在世当時のヒンズー社会で一般的に信じられていた我(アートマン)の存在を、アートマンという言葉を使いながら否定(アナートマン)し、あらゆるものごとがご縁によって起こり、成り立っているということを表している、これが基本であるとお聞きしています。

我(アートマン)についての説明はネット上にたくさんありますが、どうも眉唾ものが多いように思います。学者ででもない限り十分な説明はできないでしょうし、説明されても理解できる人は少ないでしょう。

私も一応書物を読んだり説明を聞いたりしたのですが、理解できない者の一人です。ですから、その説明を抜きにして、お釈迦さまの思想の基本は因縁生起(縁起)であるとお聞きしています。

我(アートマン)というものは永遠不滅のものだということで、これをあるとすること、アートマンはあるとすることが輪廻転生という思想の根本にあるとのことで、なるほど輪廻だ転生だということは永遠不滅のものを仮定しないとあり得ないわけです。

輪廻とは例えばミミズがネズミに、ウシがヒトに生まれ変わること、つまり命あるものが別の種類の命あるものに生まれ変わることだそうです。転生とは例えばウシが別のウシに、ヒトが別のヒトに生まれ変わること、つまり生物としての種類は同じで別の個体に生まれ変わることだそうです。

輪廻にしろ転生にしろ永遠不滅のもの(アートマン)を仮定しないとあり得ないことになるわけで、これはお釈迦さまの縁起という思想とは相容れないものです。お釈迦さまは縁起ということをおっしゃったのですが、それは輪廻や転生を否定するということでもあったわけです。
(続きます)