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お話-2 (10/30)

ちなみに、恥ずかしながら数年前まで例えば禅宗などには「お話」(説教・法話)というものはないと思っていました。

簡単に言うと、いくらお話をしても、いくらお話をお聞きしても、座禅を組んで修行していることにはならないわけで、だから、そんなふうに思っていたのです。

お話ということが法要になくてはならないのが真宗で、そのお話が拍手の起こるようなものであるなら、それはもう真宗の法話とは言えない。これは今も思っていることなのですが、間違っているのでしょうか。

拍手の起こるようなお話は、話術に長けた方の講演とか、何かしら公民館でやっておられる文化講座のようなもので、教養として身につける仏教にしかつながらないと思います。

「身につける」とはよくできた言い方で、唇に口紅をぬったり首にネックレスをつけたりするようなことを指しているわけですよね。

・・・話が横道にそれますけど、都会の特にお若い女性の一部には、爪にいろいろと飾り付けをしている方がいらっしゃるようで、実際に見たことはないのですが、うちの町のような田舎のおばあちゃんの手指の美しさには勝てないでしょうね。

で、真宗の教えは、心におしゃれをするようなものではないと思います。知らないうちに身(心)についてしまっている雑多な装飾が落とされて、本当の自身の姿が見えてくる。簡単な言い方をすれば、そういう教えだと思います。

私から私が抜けていき、自分では気づきようもない本来の内なる願いに気づかされる。私となっていて下さる如来に出遇わせていただく。そういう教えだと思います