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三帰依文の誓いに立つ? (10/23)

『同朋唱和勤行集』という本があって、正信偈と和讃に読み下し文と現代語訳(?)が付けられています。漢文に親しまなくなってしまっている現在の我々にとっては必要なことでしょうし、和讃に(「和讃」に!?)現代語訳(?)があってもよいかと思います。

『同朋唱和勤行集』の<『宗祖親鸞聖人七百五十回御遠忌同朋唱和勤行集』刊行について>という文にこの勤行集製作の目的が書かれているのですが、そのなかに

(ここから引用)
そこには、将来にわたって僧侶・門徒が共にお勤めをとおして教えにふれ、あらためて一人ひとりが「三帰依文」の誓いに立つことが願われています。
(引用ここまで)

という文章があります。三帰依と三帰依文はよく混同され(「財団法人 全日本仏教会(全仏) 」の「三帰依文」の説明は仏教一般として正しいのでしょうか?)ますが、三帰依ではなく三帰依文の誓いに立つことが願われているとのことです。

ここでいう「三帰依」とは「自帰依仏(じきえぶつ)自帰依法(じきえほう)自帰依僧(じきえそう)であり、「三帰依文」とは「人身受け難し」に始まり「願わくは如来の真実義を解したてまつらん」に終わる文です。

ちなみに、自帰依仏(じきえぶつ)當願衆生(とうがんしゅじょう)体解大道(たいげだいどう)発無上意(ほつむじょうい)自帰依法(じきえほう)當願衆生(とうがんしゅじょう)深入経蔵(じんにょうきょうぞう)智慧如海(ちえにょかい)自帰依僧(じきえそう)當願衆生(とうがんしゅじょう)統理大衆(とうりだいしゅう)一切無礙(いっさいむげ)という華厳経浄行品にある文は「三帰礼拝文」と(も)いうらしいです。

ご開山のご遠忌に「三帰依文の誓いに立つことが願われている」ということが、私には分からないんですけどね。