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南無帰命 (10/21)

「帰命」ということの説明をして、私のものにしている命を終えて、阿弥陀さまのいのちに帰るんだと私は言っていました(います)。

「言南無者 即是帰命 亦是発願回向之義 言阿弥陀仏者 即是其行」という善導大師の六字釈は聖典のあちこちに抄出されています。親鸞聖人がどのようにいただいておられたか、その「すわり」というものは、例えば教行信証の行巻にあります。

しかれば、「南無」の言は帰命なり。「帰」の言は、至なり、また帰説(よりたのむなり)なり。説の字、悦の音、また帰説(よりかかるなり)なり、説の字は、税の音、悦税二つの音は告ぐるなり、述なり、人の意を宣述るなり。「命」の言は、業なり、招引なり、使なり、教なり、道なり、信なり、計なり、召なり。ここをもって、「帰命」は本願招喚の勅命なり。「発願回向」と言うは、如来すでに発願して、衆生の行を回施したまうの心なり。「即是其行」と言うは、すなわち選択本願これなり。

「南無」とか「帰命」ということは「本願招喚の勅命」に尽きるわけですが、本願招喚の勅命というだけでは何のことやら分かっていただけません。

そこで、本願ということ招喚ということ(あるいは勅命もふくめて)を説明すればよいかとなると、それで十分というわけにはいかないと私には思えます。
(続きます)