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第2講関連「金子大榮師挨拶」-2 (9/24)

そうすればそれを裏返しにいたしますれば、本当に自分を教え、自分の行くべき道を指し示してくださるところの人に出遇った、そういう人のおられる時に生まれ合わせたということは、われわれにとって最上無上の喜びでなければならんのであります。今日記念会を開きましてお話をお聴きしようと思っております先生は、私にとってはそういう意味のある先生である。それは来会の皆さまにとっても同じ感じをもっておいでになることであろうと思うのであります。

もし先生がお出にならなかったならば、われわれは本当に仏教というものを理解することができたかどうか、本当に浄土真宗というものを自分の身につけることができたかどうかということを思ってみますと、もし今日生まれ合わなかったならば、おそらく私どもはこの長い間の仏教の本当の伝統の精神をただ因襲のままで受け取っているか、あるいはどうしても受け取ることができなくて迷うているか、どちらかに終わったであろうと思うのであります。それが仏祖の精神というものを本当にその一分でも受け取ることができるようになったということは、これは何と申しましても先生が出られました同じ時代に生まれたところの私どもの幸福でありましょう。

その伝統の仏教的思想は申すまでもなく先生の体験によって明らかにせられたものである。「伝承と己証」という題目はしばしば先生のお口から聴いたことでありますが、その伝承の伝統的精神は、先生の己証を通して、体験を通して私どもに伝えられたのであります。その体験というものも、言葉で申しますればただ体験でありますけれども、おそらく体験という言葉は、先生御自身にとっては一生涯の心血であり、ただ口や言葉で言い表したのとは全く内容の違ったものであるに違いないのであります。つまり先生の人格、生活というものをもって聖典を読んで伝えてくだされたのでありますが、その生活、あるいは人格というものは一体どんなものであったであろうか。

(第2講関連 金子大榮師 挨拶)