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親鸞の仏教史観 第5講-6 (9/12)

われわれは頭で考えるというようなことは、相当天分がなければならないことであろう。けれども、頭で考えるのは自由であって、そういう頭で考えるというようなことだけであるならば、そういう者には必然の歴史というものの必要はなく、したがってそれは歴史に参加する資格はないのであります。必然の歴史というものはただ実践実行のみがそれに参加するのである。それゆえに『高僧和讃』などで親鸞は、例えば龍樹の『智度論』(ちどろん)のある文章を引用するにつきましても、『智度論』からして直ちに引用しないで、中国の道綽禅師(どうしゃくぜんじ)の『安楽集』という書物の中に、「龍樹の智度論に曰く」として『智度論』の文を引用している。その道綽禅師の感銘をとおして、龍樹の『智度論』の生きた精神を『高僧和讃』の龍樹讃の中に歌っている。だから『高僧和讃』に、

智度論にのたまわく 如来は無上法皇なり
菩薩は法臣としたまいて 尊重すべきは世尊なり
          (『聖典』四九十頁)

特に「智度論にのたまわく」と言ったのはどういうわけであるか。これはわれわれはぼんやり読んでいるけれども、それは、龍樹は『智度論』を書いているから「智度論にのたまわく」と言ったのであるという具合に多くの人は考えている。けれども、そうではないのである。しからばそれはどういうわけかといえば、道綽(どうしゃく)禅師が『安楽集』の中に『智度論』を引いて

『大智度論』によるに、三番の解釈あり。第一には、仏はこれ無上法王なり。菩薩は法臣となす。尊ぶところ重くするところ、ただ仏・世尊なり。このゆえに、まさに常に念仏すべきなり。

こういう具合に書いてある。親鸞はその道綽禅師を通して『智度論』を聞いたのでありますから、特に「智度論にのたまわく」という言葉を揚げてあるのであります。如来は無上法皇、菩薩は法臣として尊重すべきは世尊である、龍樹の『智度論』にそう書いてある。それをそのまま言わずにそれが道綽禅師まで移っていって、道綽禅師へどういう具合に移ってきたか、龍樹の言葉というものが道綽にいかに影響してきたか、それがつまり伝統、伝統的精神、そういうものを明らかにするということであります。

だからしてまた七高僧の第二番目の天親菩薩の『浄土論』というものを引用するにしても、それを中国の曇鸞大師の、『浄土論』の注釈であるところの『往生論註』に移し、その曇鸞大師の『論註』をもって『浄土論』だとしておられる。ゆえに親鸞は「浄土論に曰く」と言いながら平然と、天親菩薩の『浄土論』の文(もん)を引用せず、その註釈たる曇鸞大師の『論註』を引用しておられる。何も親鸞の頭がどうかして、考え違いをして、『浄土論』の本論と曇鸞の『論註』とその二つを混同して、曇鸞註釈の言葉を天親菩薩の本論の言葉だと間違って、「浄土論に曰く」として中国の曇鸞大師の註釈の言葉を引用したというわけではないのである。この天親菩薩の言葉の精神というものが曇鸞に伝統されている。ゆえに当然、曇鸞大師を通じてこそ真実に天親菩薩の言葉の生命に直接して行く。そこに行というものがある。単なる道理、単なる理屈というものであるならば、何も曇鸞大師を通さんでも解っている。だからしてすべてそういう具合に『教行信証』の引用というものを見るというと非常に注意すべきことがたくさんにあるのであります。

(親鸞の仏教史観 第5講より)