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親鸞の仏教史観 第5講-3 (9/9)

それらのことを昨日あたり一つ明らかにしようとしていたのであります。そうでなければ単に教理というものだけが発展する、そんなようなことはないはずである。教理が発展した、教理発展として見ればそういうこともだいたいあったに違いないでありましょう。しかしながら、その教理というものは、裏には行あり、行の歴史あり、行の歴史的展開というものを内容とし、それを背景として、そうしてこの教理の発展というようなものが、証明せられることであります。この証明によってのみ教理発展ということが成立するでありましょう。それでなければただ単に教理の発展、そういうところにはなんら歴史というものはないものだと思うのであります。単に教理の発展というものはいかにももっともらしく聞こえるのだけれども、それはやはり行信の実践という背景の根拠がなければ、発展ということは単に紙の上に書いたところの模様にすぎないのではないかと思うのであります。

そんなことをいまさららしく申す必要すらないことでありましょう。だからして親鸞は『教行信証』の化身土巻(けしんどのまき)の中ごろに、

聖道の諸教は、在世正法のためにして、まったく像末・法滅の時機にあらず。すでに時を失し機に乖けるなり。浄土真宗は、在世・正法・像末・法滅、濁悪の群萌、斉しく悲引したまうをや。

と、記されてあります。

それは親鸞によりますと、この『教行信証』の行巻(ぎょうのまき)を披いて見ますというと、インド・中国・日本の三国の七高僧の伝統というものを明らかにしておられるのであります。龍樹以前というものはまったくなんら浄土教の教法というものについての、形のある記録は一つも出ておらない。ただ求道者は黙々として念仏し、寂々として静かに如来の本願を念じ、如来の浄土を念じて、静かに称名念仏していたのに過ぎないのであります。しかるに、初めて文献の上に現れて、そうして阿弥陀の本願というものを開顕したものはだれであるか、すなわちこの龍樹であります。

(親鸞の仏教史観 第5講より)