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親鸞の仏教史観 第4講-15 (9/4)

静かに私は『大無量寿経』を拝誦(はいじゅ)いたします時に、仏教の根源は深く厚い、仏教の起源は悠久であり広遠である。その深き自覚の歴史の中に、それ全体を統一したお方が釈尊であらせられる。されば釈尊を通して釈尊以前の世界というものがそこに煌々として照らし出された。釈尊によって照らし出されたところの久遠の純粋の世界というものは、それはもともと釈尊を照らし出したところの久遠の光である。釈尊が久遠の光に照らされたということそのことが、すなわち久遠の光を照らし出したということであります。そういうようにして釈尊からして初めて、明らかなるところの仏教の歴史というものが、そこに開けてきたのであります。

かくのごとくして、釈尊の時代においては何も記録はないのであるし、また釈尊の自覚において、また釈尊の言葉をとおして出てきたところのものはどういうものであったかというと、それは想像することさえできない。いったいこの四十八願という、そういう形のものがあったのかないのか、それはわからない。またそういうものがある必要はない。それはなくとも可なり、またあっても邪魔にならない。とにかく何か知らないけれども、原始的な素朴な一つの伝説というものが長い間続いてきた。

昔の人は記憶がよかったという、それは記憶がよいのは当たり前である。昔の人は記憶がよかったが今の人は記憶が悪いという、しかしながら今の人だってみな記憶が悪いのではないと思います。今の人だって昔の人と同じ深い記憶というものをもっている人があるはずだと思います。昔の人は何も記録せずに言葉から言葉へ伝えてきた、まさしくまったく自証の世界、昔の歴史は自証の歴史であった。それがだんだん人間の機根が衰えてきて、それを何か文字経典の形に結集しないと消え去ってしまうであろう、そういう要求から文字経典というものが完備してきたのでありましょう。文字が生まれ、そうしてまた経典というものが完成してきたのでありましょう。文字が完全になってきたから、そういうものを書き取る便利がよくなったのであろうと思われます。つまり長い間伝説として伝わっておりましたところの伝説的経典というものが文字に書き表され編纂されまして、そうして一つの文字経典というものができたのでありましょう。

そういう意味において、今の『大無量寿経』は仏滅後何百年ごろできたであろう。そういうようなことを考えるということもまた可能であるし、またそういうことを言っても、だいたい間違いないと言っても差し支えないのであります。しかし、それは単に一つの説明である、証明でも何でもない。何の自証もない説明であります。説明であるからして、そういうものは必然性をもたない偶然的蓋然的のものにすぎない。われわれはたいがい何か一つか二つ理由をあげるというと、十分に反省もせずに直ちにそれをもってものを説明しようとする。何か一つのことから考えて直ちに結論を作る。

このごろ、例えば病気でもすると、直ちに天理教とか人の道教団とかいうものの訪問を受ける。しかして彼らは、お前のうちに病人があるそうだが、だいたい病気というものは天理に背き、または人道を踏みはずしたことをするから出てくるという。そう言われると絶対に天理に背き人の道を踏みはずさないと自惚れえる人間は世界に一人もないはずですから、どんな人間でもぎくっとくる。そう言われると思い当たることがいくらもある。お前は人に迷惑かけたことはないか、お前は親に不幸したことはないかと問われると、なるほどなるほどとみなうなずく。それから強制的な説教を始める、しかしてみんなすぐにふらふらと引っかけられる。つまりそれはどういうわけであるかといいますと、そういうふうに現今の学問、すなわち自然科学的研究法と同じ考え方にちゃんと合っている。今の時代の指導者たちは、学問すると迷信に陥らないと言うけれども、事実は反対で、学問すればするほど迷信に陥る。

(親鸞の仏教史観 第4講より)