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親鸞の仏教史観 第4講-10 (8/30)

私はそう思うのでありますが、それで廟(びょう)というようなお話、伊勢の大廟とか、また親鸞の本廟というようなお話がある。私は東山のあの五条坂の所へ行きますと、大谷本廟という石の大きな標が立っている。なるほど大谷の本廟にてましますかと思う。ところがまた私は東六条のあの本願寺の山門を仰ぎ見るというと、真宗本廟という額が高くかかっている。真宗の本廟にてましますかと思います。東山の大谷本廟を仰げば本廟はお墓のことかと思う。ところがまた東六条の真宗本廟は墓のないところにも本廟がある、おもしろい本廟。本廟ということもおもしろいことになる。廟に二義あり、一つには骨を埋める墓、二つにはご真影(しんねい)を安置する殿堂。この中どちらが根本であって、どちらが枝末的のものであろう。その二つは二にして不二、二にして不二なるところに本廟というものがある。

こういうように考えてくると、東西両本願寺というものの争いは根本的に止むのでなかろうか。西本願寺は東山大谷に大谷本廟という石碑を建てているし、東本願寺は東六条の大師堂(御影堂)の正面(山門の上)に真宗本廟という額をかけている。われわれは両本願寺から本廟の二つの意義を教えていただいた。この二つをよく憶念してみると本廟の意義が何か知らないけれども、自然にはっきりしてくるのでなかろうか。そういうことは今はくわしく申しませんが、それは一つの問題でありましょう。これは謹んで両本願寺の学生達に一つの問題として提出しておくのであります。

とにかくこの廟というのは墓、廟塔、塔はすなわち廟。塔廟というのは東寺などの五重の塔、あれらは仏の一つの廟である、そこは永遠に死なないところの魂のある所である、こういう具合に考える。また、それはもうまったく死んで骨になってしまった所が廟というものだ。親鸞が、自分が死んだら屍を鴨川に流してくれと遺命されたにもかかわらず、その骨を奉安した所を本廟という、まことにごもっともである。すなわち本廟とは親鸞がこれにおいて寂滅しておられる所が本廟であると同時に、親鸞がこれにおいて永遠に現在説法しておられる所が本廟である。彼が永遠に死んで行かれた所が本廟であると共に、彼が永遠に生きておられる所が本廟である。

(親鸞の仏教史観 第4講より)