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親鸞の仏教史観 第4講-5 (8/25)

お釈迦さまの眉間の白毫相、まず外のお経のことは学問がないから一々挙げられませんが、『観経』のことは知っております。『観経』・『大経』はお手のものですから、『観経』・『大経』であったら間違いない。葦提希夫人(いだいけぶにん)がお釈迦さまに向かって、どうか私に本当に現代の悩める者を救う清浄業の浄土というものを教えていただきたい、こう言うと、お釈迦さまが眉間の光を放たれる。お釈迦さまの眉間から光を放たれたこともあると思います。お釈迦さまも身は人間だから、時には眉間の曇ることがあると思う。しかしお釈迦さまは自我的に曇るのでないのでありまして、われわれの曇るのとだいぶ違うでありましょう。しかしながら曇ることはありましょう。しかしお釈迦さまの曇りはその曇りの中から光っている。われわれの曇りは、ただいたずらに曇っている、それだけ違う。釈尊は大慈大悲の心をもって心に曇りがある。

釈尊がそれを聞いてその時に眉間より光を放ったと書いてある。それはそうでしょう、長い間どうしたらよいか、竪の皺を寄せておられた。葦提希夫人が、
  我、宿何の罪ありてか、この悪子を生ず
  る。世尊また何等の因縁ましましてか、
  提婆達多と共に眷属たる。      
           (『聖典』九二頁)

さすがお釈迦さまも微かに苦笑しておられたのでありましょう。曇りがある。ところがいよいよ、

  我に清浄の業処を観ぜしむることを教え
  たまえ、              
           (『聖典』九三頁)

こう言った時に、釈尊は何か知らないけれども、そこにそういう曇りが除かれて耀きがあった。竪の皺が寄るか寄らぬか、ここに眉間というものの意義があるのであります。これは人間の感情を最も正直に語っているのであります。これはみなさんの顔を一々見るというと皆一人ひとり解るのだけれども、ここから見ても解る、高い所から低い所を見ると皆さんの感情は一々手に取るように解る。解るわけだが本当は解らないのです。

そういうようなものでありまして、これはどうしてそんなことを言ったかいまは忘れました。けれども釈迦以前の七仏の話をしました。とにかく七仏の伝統というものを受けてきた。七仏というのは釈尊が語っている、人は知らない。他の人から見ればそういう七仏の伝統、過去七仏というようなものは、ほとんど誰の眼にも見えないような光です。顕微鏡ででも見なければ見えないような小さい微かな光でありましょう。それが釈尊の上には広大無辺な光になる。『大無量寿経』を見るというと、

  乃往過去、久遠無量不可思議無央数劫に、
  錠光如来、世に興出して・・・・・  
            (『聖典』九頁)

私だんだん考えて見ると、「乃往過去久遠無量不可思議無央数劫」というのは何であるかというと、その今は昔、昔の昔のその昔ということ。その今は昔、昔の昔のその昔というものを静かに念ずるというと、昔の長い時間、広い空間において、そこに錠光如来という光があった。それから五十三の光があって、過去五十三仏というものがあった。

こういうことは何か知らないけれども、単純なる釈迦種族の伝統そのままでないかと思う。あれは私は、釈迦種族の伝統と他のいろいろの伝統とが結婚して、伝統と伝統との結婚を機縁として、ああいう久遠の伝統の世界が映し出されたのでないか。正直に言うなら自分にはそういう境地は解らない。ただそうでないかと思う。そうでないか、こうと思うと、そうであろうかなあとなってくる。私はそうでないかと求める。そうでないかと、しかも疑っている。そうでないかと自分に聞くというと、なるほどなるほどと言う。私は自分に言って聞かせるというと自分はなるほどなるほど、如是我聞如是我聞、ちゃんと肯く。私が言えばみなさん肯かれるに違いない。

(親鸞の仏教史観 第4講より)