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親鸞の仏教史観 第1講-1 (7/26)

自分の宿業ならびに仏祖のご冥祐によりまして、今年、夢のうちに還暦の年を迎えました。みなさんはご多忙の中から、東西南北遠近よりお集まりくださいまして、私ごとき者の健在を...健在と申しましても碌々たる健在をばお慶びくださいますことは、まことに身にあまる光栄、感謝のことばも知らぬ次第でございます。

ただいま金子さんよりまことに恐縮しますような、ねんごろな紹介をいただきましたが、そのおことばを拝聴いたしまして慚愧に堪えぬ次第であります。今回は別段お話したいと思うこともありませんので、昨年ごろからちょっと自分の胸に...元より自分には特別に学問とか研究とかいうことはあまり縁のないことばでございます。自分の今までの生活にはまったく用のないことばでございました。したがってここに「親鸞の仏教史観」というような題を掲げましたけれども、別に自分の研究の発表とか何とか、そういう意味ではまったくないのでありまして、ただ自分の折々に思い出しましたこと、また、その折々に断片的に感想を申し上げたこともありますが、それをまた今回繰り返すようなことをさせていただきたい。まあこういうような私の願いでございます。

「親鸞の仏教史観」、これにつきまして今日一般にわが聖人の教徒たるものが、「親鸞」というようなことをいっても、みなさまは何とも思わずに、まず当たり前のことだというようにお聞きになっているでありましょう。けれども、自分で顧みますと、たしか大正七年の五月一日でありました。場所はまさしく大谷大学の大講堂、その当時真宗大谷大学といっていました。すなわち大谷大学の校友会...流れを汲んでその本源を尋ねる...尋源会という会の主催で大谷大学の講堂で宗祖親鸞の御誕生会を挙行しました。ちょうど私がある友人と共に、四月中に九州を旅行していたのを聞いて、その帰り道を待ち受けて、そうして御誕生会の講演をしてくれ、こういうお話でありました。その講演の題はどういう題で話したか、はっきり思い出しませんが、壇に立った冒頭に、私は次のようなことを発表しました。それは「私は今日より、親鸞と言えば聖人と言わず、聖人と言えば親鸞と言わないであろう」と、こういうことを発表しました。つまり「親鸞聖人」、そう連続した言葉を使わないということであります。なお一言にして言えば、「親鸞聖人」という言葉は自分には今日以後用がないということを発表しました。

私はそれから以後、その誓いを破って時々「親鸞聖人」という言葉を使うこともありますけれども、大体の方針としましては、ある時にはただ「聖人」と言い、ある時にはただ「親鸞」と言う。いかなる時に「聖人」と言い、いかなる時に「親鸞」と言うかは、これはみなさんは大概ご推察あってしかるべしであります。つまりここには「親鸞の仏教史観」、こういうお席では「親鸞」と申すのであります。しからばどういう時に「聖人」と言うかということは、別に説明をまたないのであります。

世の中の多くの人は、自分の宗旨の祖師の名を呼ぶには必ず「聖人」とか「大師」と、敬称をつけている。「何々大師」、「何々聖人」、「何々禅師」、こう申します。しかるにそれらの人々が自分の宗旨以外の祖師方に対しては、言い合わせたように、ただ名を呼び捨てにしている。いや「日蓮」が、いや「法然」が、と言う。私はちょうどそれと正反対。私は真宗の一僧侶であります。だから真宗以外の祖師方に対しては「日蓮上人」と申し、「法然上人」と申し、「道元禅師」と申し上げるに対して、自分を正しく導き、常に自分の前に現在説法しておいでになるところの自分の祖師に対しては、ただ「親鸞」と申すのであります。というのが大体自分の方針であります。もってそのいかなる所以であるかということは、別に説明を要せぬのでありましょう。

(親鸞の仏教史観 第1講より)