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法の必然と機の偶然-2 (6/17)

本当に難度海というものは、自分の方には助かるべき縁も手懸りもないのでありまして、絶対に無力である。助かるまじきものを助けて下さるという、そこが如来不可思議の御力である。茲に第三段に対して見るというと、難信金剛信楽の文字は正しく第一段の難思弘誓の文字に相対し、傍ら度難度海大船に対応する。難度海は難行である、それを度する大船は易行である。随ってここには難信易行の旨を顕して、我等が真実に自力を捨てる所に初めて信の一念そこに開けて、外には三願転入あり内には三信回向あることを明らかにしてあるのが、第三段の難信金剛信楽と、遙かにそれに対応している難思の文字とであります。

それから又無礙光明という處には、そこに本当に易行の大道、易行の道がある。衆生の無明煩悩に障えられず、衆生の煩悩の底までも入って成就して下さるという所に、易行ということが示されているのでありまして、円融至徳嘉号転悪成徳正智、円融ということは万徳全体統一円満融通して無礙自在の妙周をなすのでしょう。現実の人生にあっては長所は同時に短所であり、甲の善は乙に対して悪であり、甲の悪が却って乙の善とする所であり、一人にあっても各人相互にあっても、内に満足なく外に相互に障害せざるを得ないのでありますが、名号の世界は完全円満の至徳を成就するが故に、衆生の悪も之に帰すれば自然に無礙に転じて至徳を成ずるのであります。

(行信の道  「22 法の必然と機の偶然」より)