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教興としての宿業-4 (6/10)

『観経』には序分に七縁というて、浄土教興の縁に七条ある。その七縁というものは何であるかというと第一が化前序、即ち教化以前、『観経』の教化以前、つまり如是我聞、一時仏在王舎城耆闍崛山中、與大比丘衆千二百五十人倶、菩薩三万二千、文殊師利法王子而為上首。之を第一の化前序という。化前序とは釋尊が成道已来、王舎城耆闍崛山上の道場に於て道を説いておいでになったのであります。何を説いていられたか、いろいろの教をお説きになったのでありましょう。或は『大無量寿経』もそこに説かれたのでありましょう。或は『法華経』もそこに説かれたのでありましょう。こういうように伝えられているのであります。尤も大乗仏教の重要なる経典というものが多く耆闍崛山に於て説かれたものであると伝えられているのであります。それで序分七縁の第一が化前序、他の一般の経典はその時の世尊の住所が即ちその経の説法の場所であるのを通相とする。所が『観無量寿経』を見ると、一時仏住王舎城耆闍崛山中與大比丘衆千二百五十人倶、菩薩三万二千、文殊師利法王子而為上首とあるのは『観経』の所説でないのである。何故そういうものを丁寧にも『観経』に述べたかというと、善導大師に依れば、これは『観経』の教化以前の場所である。そこにおいでになったという限りは、そこで空しく黙しておいでになったのではなく、推察するに恐らくは『法華経』をお説きになっておいでたのでありましょう。法華と念仏とは同時同味の教であるということは、それをいうのでありまして、恰もその時に王舎城に大悲劇が起って来たというのが、それから序分の第二段である。

第二の禁父縁は父頻婆娑羅王を押込めにした。そして遂に仕舞いには餓死させてしまった。韋提希夫人を押込めにするまでの間は王は健かでおいでになっていたのでありますけれども、幽閉三七日の後后妃が押込めになった、王は餓死し給うた。それから第三の禁母縁であります。この禁父縁・禁母縁の處が調達闍世興逆害という所であります。逆とは恩に叛き義に逆うのであります。大恩・大義に叛く、之を逆という。大逆無道、父母に対して反逆を企てるということは、単に父母に対して反逆を加えることじゃなしに、それは国に対して反逆を加えると同じだけの罪である。五逆という、阿闍世は父を殺し母を殺して二逆を犯した。提婆は仏陀の身体から血を出し、或は和合僧を破る。釋尊のお弟子を離間しようとした、仏の教団の分裂破裂を企てた。つまり五逆の中の二の逆害を興しているのであります。阿闍世王と提婆は併せて五逆の内の四逆を犯しているのでありましょう。

(行信の道  19 教興としての宿業より)