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宿業ということ (6/7)

「宿業」「本能」という言葉をキーワードに検索したところここに第115回「宿業は本能なり」(2006-10-21)と曾我先生の言葉が見つかりました。

私は、自分ではいまもって分かっていないに違いないので、曾我先生の言葉をそのままにいただいております。

宿業ということを
(ここから)
「宿されている業因」ということですから、現在の行為の原因が過去にある、ということでしょう。
(ここまで)
というふうに解釈なさる方があって、そのご自身の解釈によって、これを唯円さんの言葉だと思うとおっしゃったのにかみついた(というべきでしょうね?)のが思い出されました。

検索って便利ですね、ログを残しておかれます。こちらの2000年11月10日14時20分44秒の記事です。9年も前のことだったんですね。今ログを読み直してみると、私の意図が伝わっているのかどうかも分からない、とてもおかしな投稿です。恥ずかしいですね〜

今日(6月7日)曾我先生の言葉として紹介した「行信の道」に「宿業」という言葉がでてきています。こういう言葉をどう解釈するかということは、大切な「わかれめ」になることであり、よくよくお聴きし、じっくりと感得しなければならないと思います。

さらに、分かるに越したことはないのでしょうが、下手に分かったように思ってしまうのも問題で、それならいっそ分からないままでよいわけです。

...少し詳しい国語辞典で、たとえば「他力」がどのように説明されているかを調べてみればおもしろいと思います。仏教の言葉を辞典のように解釈するのは、随分とおかしなことではありませんか。