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道が教を生ずる機縁-4 (6/5)

第一段から第三段に出て来る中間に、浄土の機縁ということをお示しになった。浄土の歴史、浄土の道が歴史的教法として出て来る。之には発端がある。然則とは成程そうあればこそ、つらつら自分が昔の仏法の歴史、道が教として創って来ました始というものを念じてみると、そういうことを『観無量寿経』の中に詳しく書いてある。これが然則という所であろうと思います。

然則という接続詞、こういうものをよく注意してみますというと、無駄なものではないのでありまして、次に斯乃とか、又その次には故知とある。故知とは第二段によって、第一段の道というものが如何にも漠然としているようだけれども、第二段というものによって我々は南無阿弥陀仏というものがあると、南無阿弥陀仏、これが久遠の道である、久遠の仏道、仏道の体であると、こういうことを知ることが出来る。然かあれば成程、そうであればこそ、自分は今までうかうかしていたけれども成程そうであったかと、深くうなずく貌であります。

浄邦縁熟とは浄邦は清浄の国である。浄土とも浄国とも浄刹ともいう。つまり安楽浄土の縁、浄邦の縁が熟した。矢張り柿が熟して渋があがる、之には必然にそれだけの年を経、時が来なければならぬ。直に忽然として柿がなったからというて喰べることは出来ない。あらゆるものは皆この通りである。総じては時節である。時の中には機をつかむが別して大切である。徒に時を待つべきでない。この如来浄土の道というものは久遠の道であります。始終を知らない久遠の道でありますけれども、しかしながらこの道というものが正しくこの一の歴史的事実として、正しくこの我我人間を救う教法というものになるには、矢張り総じて時、別して機縁が熟せねばならぬ。時節の到来を隠忍して待たなければならぬ。それは容易ならぬことであります。

所謂釈迦以前、仮い釈迦以前に仏道というものがあっても、それは極めて内面的なるものであります。外面的には漠然たるものでありまして、さまざまの夾雑物が混入して来た、唯縁のままに流れて来たのであります。丁度いうてみれば昔は河が氾濫する、堤防がない時には或時は東の方を流れ、或時は西の方を流れて、河幅というものは何十間何百間、皆是れ河である。私の郷里越後の国に信濃川という河があります。信濃の国から越後の山間を通って蒲原平原に出ている。山から海までの間何十里ありますか、何千年か何万年か知りませんけれども、平原中を信濃川は、彼方を流れ此方を流れて居ったらしいのであります。それを或る時期に開墾者が堤防を築いて、その域を決定したようであります。そのように阿弥陀仏の浄土の道というものも、何か知らんけれども自然に流れて、自然のその時その時の工合によって流れて居ったに違いない。仏法というものは突然として空中の神秘的音声や怪光に接して一種の悟を開いた、というようなものではないと思うのであります。日本にもそういうものが沢山あります。突然一種の神憑りに遇うて突然妄我の心状を呈し、御筆先作り始めたというのがあります。それは一種の変態心理でありまして、それがインスピレーションといわれる。これ等特殊的宗教と平等一如なる仏法とは本質的に違います。

(行信の道  17 道が教を生ずる機縁より)