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仏国土の体相 (5/13)

第一段の難思弘誓と無礙光明とは即ち如来の因源・果海の利益を挙げて、仏国土の体相を茲に明らかにするのである。そうして真の国土というものは理知の要請する世界ではなく、純粋本能の感知する無為自然の世界が国土である。理知の世界には我とか人格とか民族とかいうものだけしか存在していない、国土というものは全く存在していないのであります。

私はこの意義に於て、世界に多くの国家がありますけれども、それ等は何れも人類が理知の作為を以て創造した国であり、我が皇国のみ神が無為の本能より産まれたる国でありますから、真実の意味に於ての国家というものは、世界広しと雖も我が日本以外には全く存在しないものであるというて差支ないと思う。反対にいうというと世界の多くの国国が普通の国家であるというならば、我が日本こそは本当に超国家であると申すべきではないか。他の国々が当り前の国家であるというならば、日本はそういう国家に超越せるものであるから、世に真実に国家というものがあるならば、唯我が日本のみがその唯一絶対のものであるというのが穏当の考え方かと思います。


(行信の道  六 真国家はその本性無為自然にして絶対的存在より)

(ここから管理人の文章)
*「続き」部分は、時代背景を色濃く反映したといいますか、今日の私どもが読みますと首をかしげるようなことが書かれているわけですが、そのまま掲載します。

今日、真宗僧侶の方が政治色の含まれたようなことをおっしゃることがありますが、それは今という時代背景を抜きにしては言えないことではないのかと思うことがあります。

いくらお聖教を持ち出してきても、その解釈にはどうしても時代の思想といいますか、風潮といいますか、そういったものが必ず含まれてくるわけで、上記の「続き」に今の時代の私たちが首をかしげるように、いつの時代かの人々が首をかしげることになるのではないかと思ったりします。そういう意味では同じ種類のことと言えなくもないと思います。