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仏国土の意義-2 (5/8)

一体、我々人間というものは勿論、誠の神も仏も能生所依なる無為自然の国土、即ち一如法界の象徴の体なる大地なしには考えられない。これは大体仏教に随えば依法・正報と申しまして、先ず国土を以て依報とし、国土の中の衆生をば正報と申します。兎に角依報・正報というものは、これは何か一の形あるもの、形というものを取っているのであります。我々はこの国土というものと人間というものは別々のものと考え、そうして国土というものを唯人間の何か実用に供するもののように、生活上に便宜を与えられるものであるように考えて居ります。加之、段々推してみますというと自分以外、つまり人間以外のものは凡て人間の便利の為にあるのだ、こういう風に考える。所謂自分以外の人間すら自分の便宜の為にあるのだという風に考える。そうして人間中心の考、それを更につづめてみますと自己中心の考というものが出来上る。それをそこにちゃんと坐りを置いていろいろの理想を浮べる。世界だとか、万物の霊だとか、人類平等だとか、正義だとか、自由だとか、如何にも麗しい抽象的な理想というものを構成して来るけれども、これ等の理想はその現実というものを突き詰めてみると自我というものを主張するに外ならぬ。そういうものが西洋思想の一般の基調であり、又日本人も明治以来、一度はそういう思想の洗礼を受けて来たのではないか。それがいろいろの今日の思想問題になっているのではなかろうかと思うのであります。
(行信の道より、昨日の続き)