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仏国土の意義-1 (5/7)

一体、昔からこれは因位の本願と果上の光明、つまり如来の因源と果海との二の他力を以て名号の意義を述べる處であると解釈するのでありますが、一体特に本願と光明という二を以て「弥陀広大の利益」というものを顕すということは抑ヽどういうことであるか、というようなことに関して明らかにして行きたい。それには弥陀の本願には仏土ということが根本にあるのだということを一つ明らかにして行く必要がなかろうかと思いまして、存覚上人では唯漠然と「弥陀広大の利益」と云って居られ、総序の文には因位の本願力と果上の仏力と因果相対して理解してありますが、しかしここは全体何を顕しておいでになるか、そういう重要問題があります。私には阿弥陀仏の本願が人間的分別作為を超えて、純粋に自然法爾の所生なる道理が、浄土の体相というものであることを明らかにせんが為であると思う。これは『教行信証』の第五巻に『真仏土巻』というのがあって、この真仏土を教・行・信・証の真実証なる一如法界からして、その象徴の全体として、本願の背景、もう一つ云えば本願力の衆生界への回向表現たる行・信の背景として、無為自然の真仏土が内蔵せられ、これが真仏土を開顕せられました精神であって、国土ということは全く自然無為の一如の体相であって、人間の創造ではなく、一切生命の根元母体として誠に大切なことである。
(行信の道 四  無為自然の体相としての仏国土の意義より)