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念仏が仏さまなんだ (4/23)

要するに南無阿弥陀仏で助かる。南無阿弥陀仏の外何もない。如来さまは南無阿弥陀仏だけだ、南無阿弥陀仏の法で助かるものだ。仏さまが助けて呉れるのでのうて、南無阿弥陀仏で助かるのだ。助かる法を南無阿弥陀仏という。だからして南無阿弥陀仏で助かったことに対して、俺は御前を助くるのだぞと云って威張る仏さまは要らない。別にこちらの方からして仏さまに助けて貰ったからして仏さまに気兼ねをしなければならぬ、そういうこともない。ちっとも仏さまの方から恩をお被せなさる訳も何にもない。
(真宗の眼目より、昨日の続き)

ちゃんと衆生の為に南無阿弥陀仏の法を成就してある、皆がこの法さえ戴ければ必ず助かるのである、だからしてその法を起して下された仏さまは何処に居らっしゃるか。それは知りません。とにかく法が仏さま、こう私共は念じて、そうしてその法を念ずる。法は仏さまの法であるけれども、仏さまが念ぜしめ成就下されたところの法である。だからその法の中に仏さまもおいでになる。我(仏)はその念仏の中に居るのだぞ、こういうのであろうと私は思う。だから仏さまは念仏を成就して、成就した仏さまはここにある、成就された念仏はここにある。こういうふうに対立するのでなくして南無阿弥陀仏を仏さまが成就した時に仏さまは念仏の中に入ってしまった。ただ念仏しかない。この念仏が仏さまなんだ。だからしてもはや助ける仏さまと云うて別にないのである。ただ助かるべきところの法があるだけである、そういうのであります。