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六字名号 (4/4)

手元にある野々村智剣氏著 仏教文化研究会編『門徒もの知り帳 上』(昭和63年発行)の「真宗の正しいご本尊とは?」という項にある写真のお脇掛けには法主の名前と落款があります。

教養というか、素養というか、そういうものがありませんので、書いた人の名前を表に書いたり裏に書いたり書かなかったりすることにどういう意味の違いがあるのかわからないのですが、本山から下付していただくお脇掛けにはそういったものはないように思います。

これは「法主」が「門主」をへて「門首」に変わった(違いましたっけ?)ことによるのでなく、お仏壇を販売するお店や仏具店で買ったものには名前や落款があるということではないんでしょうか。ちなみに未だに「釋彰如」「釋闡如」と記されたお脇掛けが販売されています。「釋厳如」とあるものもあるように思います。複製品ですね。

お脇掛けはともかくとしても、六字名号の掛け軸は様々な人の手によるものがいろいろなところで販売されています。書家によるもののほかにも、真宗以外の宗派の偉いお坊さんによるものもあるようで、そのたぐいのものには必ず書いた人の名前と落款があるように思いますが、これは「真宗のご本尊」になりうるのでしょうか。

「木像よりはえぞう、絵像よりは名号と、いうなり」という蓮如さんの言葉があって、最近のことでもないのかも知れませんが、だから浄土真宗のご本尊は名号でなければならないとおっしゃる方もあるようです。すでにあるご絵像を取り払ってまで六字名号をご本尊にするのもいかがなものかと思ったりするのですが、書いた人の名前や落款がある六字名号はご本尊になり得るんでしょうか。

滋賀県の湖東地方にあるこの小さな町では、葬儀や中陰、年回法要などの時には、床の間に六字名号を掛けるのが一般的になっているように思います。床の間に六字名号を掛けることについて、お内仏に「ご本尊」があるのに床の間にもご本尊であるお名号があるのはおかしいとおっしゃる方があり、また、名前や落款があるものはおしなべて「書」であり、つまるところ「美術品」であるからご本尊とはなり得ないとおっしゃる方もあります。

どうなんでしょう、私にはわかりません。どなたか教えていただけないものでしょうか。