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道理の学問 (3/12)

論理の学問には内には平安・安心がない。外には平和がない。平和というものはただ外にだけあるものではない。外に平和の世界を現わすのには内に心の平安がなければならぬ。内の安心を除けものにして外にのみ平和を唱えている人がある。つまり云ってみれば、外の平和の為に内に闘争する。つまり外の闘争を内に向けるのが、それが一つの修養だと考えている人がある。つまり凡人は内の闘争を外に向ける、偉人は外の闘争を内に向ける、こういうように考えている。
(真宗の眼目より、既出)

どっちに向けたって畢竟同じことに帰するのである。けれども内に闘争があって外に真の平和がある道理がない。内外一如である。闘争を内にのみ隠して外に平和の世界を実現しようと或者は考えている。一方から言えばその真面目な修養の精神は深く称歎すべきものである。しかしながらそういうことは全く成就しないことである。不合理を合理化するのを学問と云い或は道徳と云うが、しかしそういう行き方も一つの行き方であって、之を難行道という。理論と道理の区別をはっきりと今日の人々は知らねばならぬと存じます。願くば理論の学問を止めて道理の学問を輝かせなければならぬ。仏教の学問は道理の学問である。我等は速かに理論の学問を捨て、道理の学問に帰入すべきであり
ます。