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自力の雲霧 (3/5)

聖人が若い時に書いて置かれた手帖を出して、建仁元年の幾日の日に自分は雑行を捨てて本願に帰した。こういうお言葉はそれは外のことではない、正しく法然上人にお会いなされた時の記録であった。だからしてその時に第十九の願、後から考えれば第十九の願の萬行諸善の仮門を出でて、雙樹林下の往生を離る。こうある。そうして善本・徳本の真門に廻入した。そうして難思往生の心を起した。ちょっと考えると如何にも未だ法然上人のお膝下へ入った時は半自力・半他力で、十九の願から二十の願へ入った。ただそれだけだと今の学者は思っている。我々もそう思った。けれどもそうではないであろう。あの真門といい難思往生という、あれが即ち二十願の名前である。それが即ち十八願中の二十願である。二十願は十八願の中にある。十九の願は第十八願の外にある。だから十九の願を出でて十八願に帰入する。けれども二十の願は第十八の願の中にある。第十八願の外に十九の願あり、第十八願の内に二十願がある。十九・二十願共に十八願の外にあると我々は久しく思って居った。
(真宗の眼目より、昨日の続き)

けれどもそうではない。十八願の内に二十願あり、外に十九の願がある。そう云って差支えなかろうと思うのであります。しかしながら二十願は大体から云えば内にある。けれども亦外にあると云われる。十九の願に対しては二十願は十八願の内にあるが、しかしながら又同時に外にある。こう云っても差支えなかろうと思う。十九の願は専ら外にある。二十願は内にして又外にある。この雑行を捨てて本願に帰すと我が聖人が日記の中に記録して置かれたのでありましょう。けれどもその十八願は単に十八願であると思って居った。焉ぞ知らんや。その十八願の内に又二十願がある。この二十願というものは自分の機に就いて云えば、深く悲しむべきことである。しかしながら同時に法に就いて云えば是は実に如来広大の御恩の極りなきことを語るものではなかろうか。よくよく我々の我慢我情である。この我慢我情というものは外から付加えられたものでありましょうが、仮い外にあるものであると云うても更に更に内の内まで喰い込んでいるのである。我慢自力の信というものはよくよく深いところにある。雑行雑修というものは一応は法然上人の御顔を拝んだ時にさらりと去ったようである。しかしながら自力の雲霧は更に更に深い所にあるということは、我が開山聖人が法然上人の門に連って、初めてそれを見出されたのであります。三百八十余人の同門の人々の姿を見た時に、これは徒事(ただごと)ではない余所事ではないと深く悲しまれたのでありましょう。三百八十余人の外の人が不満に見え、自分は一度は憤慨したのである。しかしながら憤慨などして居られるところでない。既に火事は外にあるのでない。貪欲の水と瞋恚の焔とは自分の心の中までも奥深く浸み込んで、迫っているじゃないか。他の同門の御方々は暢気である。暢気な人は得意である。我々はもう法然上人の教を受けているものならば、もう雑行とか雑修とかいうものは昔になくなってしまった。何処にその垢があるか。こう多くの人はいって居った。その中に我が聖人、ちょうど人間が風呂へはいった時には、汗も取れ垢も取れるであろう、しかしながら直ぐに又風呂から上った時から汗が出る、又垢が溜まるであろう。だからしてただ一遍風呂へはいった時だけは垢が落ちたけれども、何時の間にやら自分の体中は汗と垢に汚れている。それを自分は知らない。俺は一遍風呂へはいった。汗を流し垢はないと多くの人は云っている。自分は正しく何十年の間風呂へはいったことのない時には、自分の汗や垢すら自覚しなかった。法然上人の教を受けるに及んで、初めて自分は風呂へはいったようなものだ。初めて風呂へはいったことに依って、今後自分は何時でも何時でも時々刻々に汗や垢に穢あれるものであるということを知らして貰うた。