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えらいめにあう (2/14)

十字路で一時停止不履行を隠れていたパトカーの警察官に見られて、切符を切られたという人がいました。それがちょうどうちのお寺に面する道でのことで、どうやら優先すべき道路が反対なのではないかと、私におっしゃりたかったようです。

確かに通行量からいえば交差する道路の方を一時停止にした方がよいのですが、今では特に朝夕は通勤の車が多く通るその道は、もともと「農道」としてつくられた道で、最初は舗装すらされていなかったのです。

舗装もされていないし、実際のところは別として、直接国道バイパスには入れないことになっている農道ができた時に優先順位が決められ、交通標識がつけられました。舗装もされて町道に格上げされた今では実情にあっていないのは確かです。

10mほど離れたところに家がありますやろ?こっちからは見えんように、その家のに隠れてますねん、あんな意地の悪いことせんでもええのに、とそのお方、嘆かれることしきりでした。

どこで読んだのか出典がわからないのですが、曾我量深先生が講演に行かれた先で、休憩の部屋にお茶を持ってきたご婦人が、たちの悪い狐がいて人をだますというお話をなさったとのこと。曾我先生いわく、人をだます狐が居るのでない、狐にだまされる人が居るのである。

この話にこじつければ、隠れて交通違反を取り締まる警察官がいるのではなく、規則をまもらずに車を運転するものがいるということになるのでしょうか。

自分のしたことを棚に上げておいて相手に文句を言うなどということは、それをいちいち取りあげてどうのこうのと言うことではないですね、人間の常ですから。

問題としなければならないのは常に自分自身であるなどというふうな結論に持って行くために、こういうことを道具にしている文章にときどきお目にかかります。私もそんな文章を書いたかも知れません。二度と書かないでおこうと思います。

このあたりの方言というか日常語で「えらいめにあう」という言い方があります。大変な事態に直面するというような意味になるでしょうか。

「えらいめにおうたはりますねんな」とだけ言っておきました、はい。