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佛の智慧 (2/12)

随分重大な深い意義をもつ信心が、ただ教を信ずるというようなものでのうて、本当に機法一体というようなことは何処にあるかと云ってみると、欲生我国というところにある。本当の機の中の機である。信楽は法の中の機である。欲生は機の中の機である。それがなければ第十八願はないものである。それがなければ十九・二十の願もないものである。こういう重大な意義を「至心に信楽して我が国生まれんと欲え」。こういうことを開山聖人は願成就の文に依って見出された。
(真宗の眼目より、昨日の続き)

翻って善導大師の「二河譬」というものがありますが、水火二河、貪瞋二河の譬、その二河譬喩といものは『観経』の廻向発願心の釈の中にある。廻向発願心というものは、之を本願に求めてみれば欲生我国である。欲生我国は如来の廻向心である。如来の御心である。こういう意義であります。そこにその欲生心というものが大切であって、自力を自力と知るのも欲生心である。自力を自力としてそれが無効であると知るのも欲生心である。欲生心に本当に目覚めないから自力に執着して居るのである。本当に如来の欲生心に目覚めることに依って、我々は自力の廻向を懺悔するのである。その欲生心というものに依って、我々は金剛の信心を成就して、断乎として異学・異見、別解・別行の誘惑を受けない、内外一切の誘惑を受けない、つまり迷信・邪教の迷わしを受けないということがその欲生心である。それに依って平生業成も成立ち、それに依って他力信心が成立つ。それに依って南無阿弥陀佛の御謂れを知り、そこに如来の御心に触れ、生きた自己に触れる、この欲生心は廻向心というそこに、念佛本願の意義が初めて明らかになる。