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回思向道 (1/28)

善導大師の『観経』の廻向発願心を解釈なさるについての第一の釈は自力の廻向である。廻因向果と申しまして、世間・出世間の因行の雑多なるものを廻して浄土往生の果に向わしめるというのであります。(中略)第二の解釈は廻思向道、人間の自力の思慮分別、前に述べたる廻因向果の計いを回転転捨して、そうして如来の本願の大道に趣向せしめる、それを廻思向道という。これは他力の廻向である。それで開山聖人は願成就の文の至心廻向の四字を「至心に廻向し給へり」と読まれた。如来の真実の願心よりして、真実なる名号を以て吾等に廻向し給うのである。

「彼の国に生れんと願ずれば即ち往生することを得て、不退転に住する」即得往生住不退転、如来の不可思議の廻向心という大きな、内なる心の転回というものを開山聖人は考えられたのであります。聞其名号信心歓喜のそこに至心廻向という不可思議の事実を内観せられたのであります。そこに他力廻向の信心ということが初めて成立した。開山聖人以前はただ他力を信ずる信心、法然上人も他力を信ずる信心に外ならなかった。開山聖人に至って他力廻向の信心ということが明らかになった。これは本願成就の文に依ってそのことが初めて明らかになって来た。そこに平生業成現生不退ということが初めて成立することが出来るようになったのであります。ただ他力を信ずる信心では、終に臨終現前というところへ堕ちて行かねばならぬのであります。他力廻向の信心というその大きな大自覚の体験に由って初めて一念帰命の真実信心を獲て、無上涅槃に於て現生不退の益を得る。それに依って本願成就ということが証明されることとなったのであります。
(真宗の眼目より)