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大乗無上法

釈迦如来楞伽山 為衆告命南天竺
龍樹大士出於世 悉能摧破有無見
宣説大乗無上法 証歓喜地生安楽


釈迦如来は、かつて楞伽山にましまして法を説かれたとき、ひとびとに次のように告げられたと言います。
わがなき後、やがて正法はひとびとの有無の邪見におおわれるであろうが、南天竺に龍樹と名づけるわが弟子があらわれ、その邪見をくだき破って、仏(ぶつ)の大悲の心を真実につたえ、みずからもその大悲の歓喜地をさとり、ひとびとと共に安楽浄土に生まれるであろう、と。

(この部分は『楞伽経』巻九にみられる龍樹菩薩についての釈尊の予言を要約し、もって龍樹が明らかにされた仏道事業をたたえられる一段である。)

衆・・・大衆、説法をきかんとする人びと。『楞伽経』は大慧菩薩を首とする人びとに説かれた。

告命・・・釈尊の仰せをいう。

龍樹大士・・・大士は大心ある人、菩薩のこと。龍樹はおよそ西暦150年から250年の人で、南インドのバラモン階級の出身といわれる。インドでは中観派仏教の祖と称せられ、中国および日本では古来「八宗の祖師」と尊崇せられている。真宗七高僧の第一祖である。『中論』『智度論』『十住毘婆娑論』など、多くの著述がある。

有無の見・・・見とは考え・見解のことで、ここでは邪見つまりまちがった見解や考えのこと。有の見は、因縁の道理にくらいために、ものの無常をしらずいつまでも常住のように執するあり方をいい、無の見とは因果のことわりを信ぜず存在の根拠を否定して空しいものと執するあり方をいう。苦悩やあやまった行動をおこすもとになるもの。

摧破・・・くだきやぶること。有無の邪見を破ることによって、そこに正しい認識が生ずる。それを空の智慧という。空とは何もないということではなく、物事における私たちの誤った考えを否定したことば。

大乗無上の法・・・自己の解脱だけを目的として、さとればその中に自分を閉じこめてしまうようなあり方を小乗といい、そのさとりがさらに現実生活の面に反映して現実を包んでくるあり方を大乗という。その大乗の教えを成りたたせている根本の法。その法の名が南無阿弥陀仏。

歓喜地・・・初歓喜地ともいい、菩薩が真如の光をはじめて見る位、これを初地ともいう。みずから成仏すべき身と定まって、身と心によろこびを生ずる位。

安楽・・・安楽国、阿弥陀仏の浄土をいう。

(教学研究所編「正信念仏偈」より)